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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)113号 判決

神奈川県逗子市池子三丁目二番二二号

上告人

清水要

右訴訟代理人弁護士

田中俊夫

乾俊彦

小林秀俊

工藤昇

神奈川県鎌倉市由比ガ浜四丁目六番四五号

被上告人

鎌倉税務所長 埋橋修

右指定代理人

渡辺富雄

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行コ)第六八号所得税更正請求棄却処分取消請求事件について、同裁判所が平成八年二月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中俊夫、同乾俊彦、同小林秀俊、同工藤昇の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するか、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

(平成八年(行ツ)第一一三号 上告人 清水要)

上告代理人田中俊夫、同乾俊彦、同小林秀俊、同工藤昇の上告理由

第一点 不利益変更禁止の原則(民訴法三八五条)違反について

一 一審判決は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の基本部分をなす一審判決添付別紙1〈1〉の土地(同物件目録二記載の土地。以下「1〈1〉の土地」という。)の取得、保有目的について、「原告は、土地取得後の昭和五五年三月、一級建築士である藤岡芳夫に対し、右土地に自宅等を建設するため、宅地造成に関する工事の計画図の作成を依頼し、同年七月二二日には、右工事の許可の通知を受け、同年及び同五六年に、同土地の造成工事のほか、水道管工事及び盛土整地をしているのであるから、この時点においては、原告は同土地に自宅を建設する目的を有していたものと認められる。」(一審判決一五枚目表八行目から同裏四行目)と判示している。

上告人(原告、控訴人)は、控訴理由(平成七年九月一九日付準備書面)において一審判決の右認定は正当であるが、右認定事実を前提とすると、

竹渕勝之、高木由安両名が昭和五六年度の上告人の税務申告にあたって右土地の取得目的を尋ねたところ、上告人が販売目的であり、以後も販売を予定していると答えた旨の各供述(乙第一、二号証、高木由安証言)を事実認定上の証拠として採用していること、

及び「遅くとも、同五六年度の税務申告時において、右土地を含めた原告の所有地は、原告の不動産業におけるたな卸資産に変化していた、というべきである。」(一審判決一六枚目裏四行目から七行目まで)との判断

は理由そごを来たしていると主張した(右準備書面第二の二、三)。

ところが、原判決は、上告人の右控訴理由に正面から答えず、一審判決の前記認定を変更して、

「控訴人が原判決別紙1〈1〉の土地を取得した際自宅等を建築する目的を有していたとは認め難く、むしろ、控訴人は、右土地を造成して分譲することを目的として取得したもので、したがって、同土地はたな卸資産に該当すると認めるのが相当である。」(原判決五枚目表五行目から九行目)と判示した。

すなわち、原判決は、上告人の右土地の取得目的を最初から分譲販売目的であったとし、取得当時からたな卸資産に該当していたとの上告人にとって一審判決より不利益な事実認定をし、それによって一審判決の理由そごを解消するという上告人にとっては予想外の判断を示したのである。

したがって、原判決は不利益変更の禁止を定める民訴法三八五条に違反しており、これが判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

二 もっとも、一審判決の理由を変更することは、原則として不利益変更禁止の対象にはならないと解されている。

しかし、判決主文に影響がない限り、理由をどのように変えてもよいということにはならない。学説によれば、相殺の抗弁に基づいて請求棄却の判決を受けたことを不服として控訴した原告に対し、請求の不成立を理由として控訴を棄却するのは不利益変更として許されず、同様に、貸金請求訴訟の一審で被告の延期(猶予)の抗弁を認めた原告敗訴の判決に対して原告が控訴した場合に、被告の弁済の抗弁を認めて原告の請求を排斥することはできないと説かれている(菊井維大、村松俊夫著「全訂民事訴訟法Ⅲ」等)。

要するに、理由中の判断といえども、控訴人にとって控訴の意義を失わせるほど一審判決の理由より実質的に後退した理由は法の許すところではないと解するのが相当である。そうでなければ法が控訴(上訴)を保障した意義は没却される。

本件では、上告人が株式会社技公に譲渡した本件土地の売買代金の所得が譲渡所得であるのか、事業所得であるのかが争点であるが、その判断にあたっては上告人による1〈1〉の土地の取得目的、保有状況が重要な判断要素となる関係上、その点が一審での審理の最大の攻防の対象となったのであり、その結果前記の一審判決の判断が示されたのである。しかるに、一審判決は中途半端な認定をしたため、矛盾を犯し、理由そごを来たしたのであるが、上告人が控訴理由でその点を指摘し、上告人の主張、請求の正当なることを論証するや、控訴裁判所が一審判決より不利な事実認定をして上告人の主張を完全に排斥したのは、上告人のした控訴の意義を失わせることは明らかである。このような控訴裁判所の審理、裁判は後述のとおり審理不尽に通じるが、上告人としてはいわゆる肩すかし判決を受けたという感を強く抱かざるを得ない。

三 最高裁は、上告審における調査、判断の範囲について主位的請求、予備的請求の関係についてであるが、主位的請求を棄却し、予備的請求を認容した控訴審判決に対し、予備的請求を命じられた当事者のみが上告した場合は、上告審の調査、判断は予備的請求部分に限られると民訴法の不利益変更禁止の原則について厳格な解釈を示した(昭和五四年三月一六日第二小法廷判決・民集三三巻二号二七〇頁)。この理は、理由中の判断であっても、当該事件における実質的争点部分の認定判断に推及されるべきである。

四 したがって、原判決の前記認定は不利益変更禁止の原則に違反していると言うべきである。

第二点 乙第一、二号証が違法収集証拠であるにもかかわらず、これを採用した違法について

一 民事訴訟(行政訴訟を含む。)においては信義誠実の原則が支配する。実体法の民法が宣明する信義則(民法一条二項)は訴訟法の場面においても適用されなければ単なる画餠に過ぎなくなる。まして、行政訴訟の場合、行政処分の法的効力(公定力、自力執行力等)及び行政官庁の監督権限の強大性にかんがみ、特に証拠収集に関して信義則が守られなければ、適正な裁判は保し難い。

二 訴訟の帰趨に決定的な立場にあって、いわば事件の鍵を握り、当然重要証人として予定されている人物に対して懲戒処分を含めた監督権限を有する訴訟の一方当事者が裁判所外で、しかもその人物の証人尋問前に事情聴取することは正当であろうか。それによって収集した供述を訴訟に証拠として提出することは手続的に許されることなのであろうか。そのような行為は真実を歪めかねないと客観的に言えるのではなかろうか。民訴法二九八条は、真実発見のため各証人が自己の記憶どおりに証言するよう証人相互間の影響を遮断することを目的とする証人隔離の原則を前提とした法条であるが、その法意に照らしても、およそ証言に対する外部からの影響ないし圧力ととられかねないようなことは |実際に圧力となっているか否かにかかわらず|李下に冠を正さずの古諺のとおり絶対に避けるべきことであり、法的見地において許されるべきことではない。要するに、訴訟制度が真実の発見を目的とする以上、外形的、客観的に右目的を阻害するとの疑念を抱かせるような証拠収集行為は違法性を帯びると評価されるべきである。

三 本件においては、上告人は、要するに高木由安税理士の職務上の過誤を主張しているのである。本件訴訟の直接の対象となっている上告人の昭和六三年分の所得税の申告のみならず、同様に高木税理士が手掛けた昭和五五年、五六年分の所得税の申告に際しての同税理士の調査の有無、程度と前記土地の上告人による取得目的等についての認識が問題なのであるから、同税理士の率直かつ正直な証言が非常に重要であることは言うまでもない。すなわち、同税理士は本件訴訟において最重要証人として尋問されるべきことは当然に予定されていたのである。

しかるに、本件においては、税理士に対して懲戒処分等の監督権限を有している国税当局の二人の担当官が、上告人の本件訴訟提起後高木税理士の証人尋問前に |当時は証人申請はされていなかったが、同税理士を証人として尋問することが予定されていたことは当然のこととして被上告人も認識していた筈である|高木税理士の事務所に出向き、二時間一〇分にわたって同税理士と竹渕勝之事務員から事情聴取を実施している。しかも、二人別々でなく、同時に事情を聴取し、高木税理士には当時上告人が書証として提出済みの甲第一二号証(高木由安作成の国税不服審判所長宛平成二年一二月二〇日付上申書)を示して問い質している。そして、四ヶ月余後の同年五月二七日に同担当官が再び同税理士事務所に出向いて右両名の聴取書が作成された。これが乙第一、二号証である。なお乙第一号証には「甲第一二号証」と書証番号の付されている前記上申書の写しが添付されている。

四 税理士の過誤を主張した訴訟の提起を受けて被上告人の当局担当者が当該税理士らにこのような接触を図り、供述を求めることはまことに不公正であり、信義に反する。このような訴訟活動がまかり通るなら裁判の適正は保てない。客観的にみて当該税理士らにとってはこれ以上の威迫はないと認められるからである。国税局の担当官から所得税の申告にあたっての調査の有無を尋ねられて、真実は調査を懈怠した場合でも「調査していない」と答えることを期待できるであろうか。担当官に迎合的な態度をとる方が税理士にとっては保身になる。税務当局の利益と税理士の職業防衛の利益が合致したなら、真実は隠蔽され、原告側の立証は困難を極めることは必定である。

現に乙第一、二号証での高木税理士及び竹渕勝之の供述は、甲第一二号証での高木税理士の供述及び甲第十六号証(裁決書)中(一八頁)の同税理士の国税不服審判所における答述内容と違い、同税理士らが昭和五六年分の所得税申告に際して上告人に1〈1〉の土地の取得目的や今後の処分意思について尋ねたという供述内容に矛盾をはらみながらも変じている。この供述の変更が被上告人にとって都合がよいことは言うまでもない。

本件の乙第一、二号証は、高木税理士らの証人尋問に先立ち、被上告人が税理士に対する監督権限という威力を背景に事情聴取したもので、どのような質疑応答がなされたのか具体的に明らかでないこと、二人を各別でなく、明らかに同席させて聴取していること(それは取調べ同然であったろう)、一月一一日に聴取後五月二七日に聴取書が作成されるまで四ヶ月余も期間があいていることはその間における被上告人側による供述の誘導等不審、疑念を抱かせるものがあることに照らし、手続的に公正さを著しく欠き、実体的にも真実性を担保する手立てが講じられていないと言わなければならない。このような証拠収集行為を是認するなら日本の裁判制度に対する信頼は根底から崩れると言っても過言ではない。

要するに、税務当局が税務訴訟においてこのような応訴行為をとることはクリーンハンドの原則に反し、目的のためには手段を選ばない極めてアンフェアな行為として厳しく指弾されるべきものである。その点につき、被上告人は、控訴審において「控訴人の右主張は、何の証拠にも基づかず、単なる憶測によって、控訴人に不利な証拠である乙一号証、乙二号証をいたずらに非難するもの」とはぐらかしているが、外形的に社会通念として疑念を抱かせるような行為は許容されるべきでなく、被上告人は信義誠実の観念を全く持ち合わせていないと断ずるほかはない。一審裁判所及び原審裁判所が上告人の主張にもかかわらず、安易に乙第一、二号証を事実認定に供しているのは正義、公平の感覚が鈍麻していると言わなければならない。

五 民事訴訟においては、原則として証拠能力の制限はないが、違法収集証拠として証拠能力が否定されるべき場合があり得る(「新法律学辞典」第三版・(有斐閣)の「違法収集証拠」の項目(四四頁)参照)と考えられるし、その旨判示した判例として、東京高裁昭和五二年七月一五日判決・判例時報八六七号六〇頁、名古屋高裁昭和五六年二月一八日決定・判例時報一〇〇七号六六頁がある。

六 以上のとおりであるから、乙第一、二号証はその供述聴取過程において極めて不公正であり、このような証拠収集は供述者に事実上不当な圧力をかけるもので、偽証にまで発展させかねないと外形的、客観的に言い得るから、違法収集証拠として証拠能力を否定されるべきである。そうすると、乙第一、二号証は本件の証拠から排除されるべきであるのに、これを事実認定に供した原判決は法令に違背したものと言うべく、これが判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

第三点 原判決の事実認定が採証法則及び経験則に違反していることについて

一 原判決は、前記のとおり上告人が「1〈1〉の土地を取得した際自宅等を建築する目的を有していたとは認め難く、むしろ、控訴人は、右土地を造成して分譲することを目的として取得したもので、したがって、同土地はたな卸資産に該当すると認めるのが相当である。」との事実認定を示したが、この認定は上告人の提出した上告人が当時右土地に自宅等を建築する意思を有していたことを示す証拠をことごとく軽視するもので、採証法則及び経験則に違反した事実誤認である。

すなわち、原判決も認定しているとおり、上告人は1〈1〉の土地を取得して間もない昭和五五年三月に藤岡芳夫一級建築士に対し、右土地に建物三棟を建築することを前提とする宅地造成に関する工事の計画図等の作成及び同工事許可申請手続を依頼し、同年七月二二日付けで同工事許可通知を受けており、右通知書に添付された図面(藤岡建築士が申請書に添付したもの。甲第二〇号証の二)には、建築予定の木造二階建ての建物三棟が記載され、それぞれにかっこ書きで酒井、清水、未定と記載されているのである。

そして、上告人は昭和五五年及び昭和五六年に右土地に造成工事、水道管工事及び盛土整地をしている(以上原判決三枚目表六行目から裏二行目、同九行目から四枚目表四行目参照。)

ところが、原判決は右事実を認定しながら、「前記図面の建築予定の建物に関する記載は、前示のその後の事実経過等を踏まえると、果たして真実であったか、少なくともはっきりした見通しに立ったものであったか疑わしいといわざるをえない」(五枚目表一〇行目から同裏一行目)という。

しかし、上告人の藤岡芳夫に対する右宅地造成許可申請の昭和五五年四月一日付委任状(甲第六七号証)には、宅地の主要用途の欄に「自己の住宅他宅地」と明記されていること、藤岡建築士は上告人から自宅等建築予定と聞いていること(甲第二一号証の一、二)、そして同建築士は上告人の自宅等の意味を表示した三棟の建築予定建物を配した図面を作成していることといった客観的証拠に照らし、当時上告人に自宅建築の意図があったことは明瞭であり、これが「果たして真実であったか、少なくともはっきりした見通しに立ったものであったか疑わしい」という認定は、どこからも導かれない。原判決は甲第六七号証に全く言及してなく、見落としているのではないかとさえ疑われる。

上告人が当初から1〈1〉の土地を分譲販売目的で取得していたなら、何も隠す必要など全くないからその旨明示して藤岡建築士に依頼していた筈である。そして何よりも上告人は右土地について隣地所有者の川崎敏雄、山田茂雄、武者侃に法地部分を分筆譲渡しただけで分譲販売などしてはいない。

原判決のいう「その後の事実経過」とは必ずしも明らかではないが、結局上告人が右土地に自宅等を建築して居住したことがないことを指しているとしても、それは諸般の事情によるもので、逆に分譲販売に向けての行為も一切していないのだから、原判決の認定には無理がある。

以上、甲第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、第六七号証の客観的証拠を素直に理解すれば、上告人が1〈1〉の土地を取得した目的が自宅等の建築にあったという上告人の供述を裏付けるものというべく、現に分譲販売などしていない客観的事実と相俟って、上告人の右土地の取得目的に関する供述は客観性をもって首肯するに足りる筈であり、それが経験則及び採証法則に従った認定である。

原判決の前記認定は結論先行の牽強付会の論法であり、断じて承服できない。原判決は、「甲二一の二によれば、藤岡建築士自身は、右図面と当時の控訴人の話から推測して控訴人に自宅等の建築目的があったと思うと述べているにすぎないから、これをもって右判断は左右されない。」(五枚目裏二行目から四行目)とも論じているが、右証拠をことさらに過小評価するもので正当でない。

二 原判決は、「昭和五六年分所得税の確定申告に際し、控訴人は、竹渕勝之に対し、保有している土地を今後も継続して売却すると述べ、高木税理士に対しても、今後継続的に銀行からの融資で土地を買い求め造成して売却する旨述べた」(四枚目表一〇行目から同裏二行目)との事実認定をも示している。これは、乙第一、二号証及び高木証言に依拠するものであるが、乙第一、二号証が証拠排除まではされないとしても、その信用性は否定されるべきであり、高木証言も同様である。

乙第一、二号証の作成経緯と状況については詳述した。そのような経緯、状況で作成された乙第一、二号証は、甲第一二号証及び高木税理士の国税不服審判所での答述内容(甲第一六号証一八ページ)と対比しておよそ信用すべからざるものである。このような書証及びそれと同旨の高木証言に信を措いた原判決の証拠評価は経験則及び採証法則に違反している。

高木税理士は、乙第一号証(五項)でも、証言(五〇ページ一一行目から五二ページ四行目)でも甲第一二号証を自らの意思で作成したことを認めている。甲第一二号証の2項には、

「清水氏とは確定申告時に一~二度の接触しかなく、又、超繁忙期であったためもあり土地取得目的について深く検討することなく、当時の清水要氏の担当者である竹渕勝之からも、清水氏の使途目的の確認をすることを失念してしまった。」

と明記されている。原判決はこれについて「審判所において本人の主張に沿って有利な譲渡所得と判断されるよう作成して欲しいとのこと」(乙第一号証)で作成されたものであるから信用性がないとするもののようだが、甲第一二号証には1項に

「昭和五六年に譲渡があり昭和五五年に引き続き譲渡が生じたことから継続譲渡と判断し、事業所得と変更した。

昭和五六年分の申告時点で譲渡所得か、事業所得か迷い二通りの申告書を作成したが上記判断により事業所得として申告してしまった。」

と高木税理士本人でなければ知り得ない事実が書かれ、

3項では

「清水氏が藤岡一級建築士に依頼して宅地造成をした事実について知らされていなかった。その為に使途が自宅・貸家等の建築用地であることは知らなかった。」

と知らないことは知らないとちゃんと書かれているのであって、信用性を否定されるいわれはない。

また、国税不服審判所の答述でも、昭和五六年分以降事業所得として申告した理由について、

「〈1〉譲渡所得の場合に控除できない他の経費を控除できること、〈2〉事業所得が赤字となった場合には他の所得と損益通算ができること、〈3〉譲渡所得に比較して税務調査を受ける度合いが少ないこと等を考慮して、その旨請求人に説明して了承を得て行った」

と右三点を挙げているのに止まり、上告人に購入目的を聞いたところ販売目的との回答であったというような理由は述べられていない。

高木税理士なり竹渕事務員が事実上告人に1〈1〉の土地の取得目的等を尋ねていたなら、同税理士が甲第一二号証を作成する訳がなく、国税不服審判所でもそのように答述していた筈である。

このようにみてくれば、一審判決及び原判決が事実認定に供した乙第一、二号証と高木証言(同証言内容は支離滅裂である。)の方が信を措くに足らないことは明白である。上告人に1〈1〉の土地の取得目的を尋ねたところ、上告人が販売用に取得したもので、他の所有土地も含めて継続して販売して行くとか、今後も継続的に銀行からの融資で土地を買い求め造成して売却する旨述べたなどというのは、高木税理士と竹渕事務員が国税局担当官に問い質されて自己の調査不足の責任を回避し、過誤を隠蔽するためにした作り話である。

原判決はこのように証拠評価を誤り、重大な事実誤認をおかした。

三 原判決は、

「昭和六三年には同会社(有限会社浜新商事)から年間一五〇万円の給与の支払を受けており(甲一の一)」(四枚目裏九、一〇行目)

と認定しているが、浜新商事からの給与は年間六〇万円であり、(一面の源泉徴収税額欄参照)、明らかな事実誤認である。

また、

「法地部分を取得価格よりはるかに低廉な価格で売り渡したものである旨主張するが、右主張を基礎付ける証拠は原審における控訴人の供述しかなく」(六枚目表七行目から九行目)

というが、1〈1〉の土地の取得価格平米当たり一万五一六〇円に対し、武者侃、山田茂雄には平米当たり六〇〇〇円で法地部分を譲渡したことは甲第一九号証に明記されており、上告人の供述しかないというのは誤りである。そもそも法地の譲渡などに事業性はない。

更に、一審判決別紙2〈10〉の土地の譲渡についても、上告人の横須賀税務署から差押処分を受けたためにやむなくしたものとの主張に対して、

「高木税理士は、控訴人が右滞納処分のために不動産を売却したことは聞いておらず、しかも、控訴人の当時の追徴税額は二二〇万円程度であったと証言(原審証人高木)しているのであり、右譲渡と差押えの解除が同時期にされている(甲四二)からといって、右譲渡がやむなくされたものかは不明であり、他に右供述を裏付けるに足りる証拠はないから、これを採用することはできない。」(六枚目裏四行目から一〇行目)

と判示しているが、高木証言自体客観性がなく、むしろ譲渡と差押えの解除が同時期であるとの客観的事実からして右譲渡は滞納税金の納付にあてるためのものとみるのが経験則に即し、自然かつ合理的である。

杉本光正及び増田三五郎らに対する土地、建物の譲渡についても、原判決は、

「控訴人の供述のほかに価格や支払条件が特に買主にとって有利なものであったと認めるに足りる的確な証拠もなく」というが、少なくとも杉本に対して売買代金の支払を三年間猶予したことは契約書(甲第五五号証)から明らかである。

四 このように原判決の論法を具にみると、原審裁判所が非常に偏頗な証拠評価をしていることが歴然としている。

上告人は1〈1〉の土地を自宅等の用地として取得したもので販売など予定してはいなかった。上告人は不動産売買の事業など営んではいない。昭和五六年から税務申告上右土地がたな卸資産とされたのは高木税理士の過誤であり、実態はたな卸資産ではなく、固定資産である。途中でたな卸資産に変わったということもない。しかも、所得税基本通達三三一三ないし五(甲第六二号証参照)にもかんがみ、本件土地の譲渡による所得は譲渡所得であって、事業所得ではない。

五 以上、原判決の証拠評価及び事実認定は経験則及び証拠法則に違反して重大な事実誤認をおかしたもので、これが判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

第四点 審理不尽について

一 原判決は、何らの証拠調べもせずに前記のとおり一審判決より上告人にとって不利益な事実認定をしたが、事実認定の手続が十分尽くされていていと言わなければならない。上告人は控訴審で証人石井一男の申請をしたが、同人は税理士として本件所得の税務申告(所得区分)に疑問をもち、高木税理士とも会って説明を聞き、その説明に基づいて甲第一二号証の文面を起案した者である。

原審裁判所が上告人の控訴理由にもかかわらず、乙第一、二号証や高木証言に信用性を認めるのであれば、これを弾劾する機会を上告人に与えてしかるべきであり、石井証人の申請を却下したのは手続的正義に反する。

したがって、原判決には明らかに審理不尽の違法がある。

二 近時最高裁の上告制限が司法改革の一課題として議論されているが、いずれにせよ控訴審の審理の充実が図られなければならないことに異論はあるまい。しかるに本件の原審にはそのような姿勢が微塵も見受けられないばかりか、審理のあり方が不公平である。

(結論)

以上の理由により原判決の破棄を求める。

以上

物件目録

一 平成元年九月一三日分筆前の

逗子市池子三丁目五二五番三六九

雑種地

六五〇平方メートル

二 昭和五五年五月二二日分筆前の

逗子市池子三丁目五二五番二〇

山林

七九五平方メートル

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